カリフォルニアの空は、ひたすら青くて大きかった。空気は乾いていて、何もかもが絵の中の出来事のように、原色に近い色合いを帯びている。
カリフォルニア大学サンディエゴ校には、日本人留学生が大勢いた。付近は治安もよく、人々は親切だった。
万里亜は初め、英語が通じない事に戸惑った。英語はかなり得意だと思っていたが、日本人の発音は全く通じなかった。
聴き取りは辛うじて出来た。しかし言葉を返すと「Pardon?」と、首を傾げられてしまう。だがこの国の誰もが、適当に聴き流さず、何度も何度もしんぼう強く聴いてくれるので、万里亜も一生懸命伝えようと努力した。人とのコミュニケーションに、こんなに真剣になったのは、生まれて初めてだった。
同じコンドミニアムには、日本人と韓国人の留学生が住んでいた。共同のプールで行き会うと、時に日本語が飛び出す。それは、何か懐かしいような気もしたし、後ろめたいような不思議な感覚もあった。
放射線科の教授は、ユーモラスで明るく楽しい老紳士だった。万里亜はすぐに、親切な教授が大好きになった。時々、食事に招いてくれる事もあり、優しそうな老婦人が、万里亜の発音を丁寧に直してくれる。
大学では、CT写真の自動読み取りシステムを研究する部署にいた。医学とコンピュータと、両方の知識が必要であり、しかも英語は専門的すぎた。万里亜は初めの半年、ひたすら英語の勉強だけをしなければならなかった。
楽しかった。友達がたくさん出来た。それが自然だった。
今まで友達と呼べるのは、恵里子唯一人だった。誰にも興味はなかった。それなのに、三十を過ぎた今になって、友達とはしゃぐのがこんなに楽しく感じられるのは、本当に不思議だった。